KATEI(カテイ)
[会場:
マルイシティ渋谷1Fプラザ >MAP]

2009年11月18日にビクターからデビューする次世代のヴァイオリニスト。
クラシカル・クロスオーバーの超新星。次世代のヴァイオリニストKATEI(カテイ)衝撃のデビュー!!
本名は張 家禎(チャング カテイ)。1981年に日本で生まれ、9歳で家族と一緒にオーストラリアに移住。
中国人と台湾人のミックスで、国籍はオーストラリアというコスモポリタン。
幼少の頃よりヴァイオリンを始め、その後クラシック、ロック、ジャズ等を吸収し、独自の音楽性を身に着ける。
日本語、英語、中国語、台湾語を自在に話し、その存在自体ボーダレスであるように、音楽性も従来のクラシックの枠を大きくはみ出す新鮮さを持つ。
閉塞感のある音楽マーケットに風穴をあける注目のアーティスト。
【プロフィール】
1986年(5歳) 東京音楽大学付属幼稚園でヴァイオリンを始める。
1988年(7歳) 東京音楽大学の卒業式で、代表に選ばれる。
1990年(9歳) オーストラリア、ブリスベンのストリアスキー音楽学校に入学。
1993年(12歳) ストリアスキー音楽学校のソロ・ヴァイオリニストとしてヨーロッパツアー。
1995年(14歳) クイーンズランド音楽大学ユース部のオーケストラのソリストに。翌年、コンサートマスターに選ばれる。
1997年(16歳) アメリカのアスペン音楽祭学校のオーディションに受かり、短期留学。
National Youth Concerto Competitionで5位に。
1998年(17歳) クイーンズランド・ユース・オーケストラでソリストに抜擢。
1999年(18歳) ジョン・クロー(世界的指揮者)からソリストに指名され、クイーンズランド・フィルハーモニックで演奏。
2000年(19歳) クイーンズランド・ユース・オーケストラと韓国、イタリア、スイス、オーストリア、 ドイツにツアー。
2003年(22歳) ロック・バンドPAISLEYを結成。CD2枚をインディーズでリリース。2007年までシドニー、メルボルン、ブリスベン、ゴールドコースト、サンシャインコーストをツアー。
2004年(23歳) クイーンズランド劇団によるチェーホフ「桜の園」に、ジプシーバンド・ミュージシャン役で出演し演奏。
【Debut Album】
KATEI/JOURNEY VICC-60724 (Victor)
01.INORI (作曲:奥田健治 編曲:奥田健治&小夜子)
02.Fire (作曲:KATEI 編曲:KATEI&野崎洋一)
03.Heartbreak Lounge (作曲:KATEI 編曲:KATEI&野崎洋一)
04.Shooting Star (作曲:KATEI 編曲:KATEI&野崎洋一)
06.Listen to me now ※Vocal:Willie [Vijandeux]
(作詞:Willie [Vijandeux])作曲:KATEI 編曲:KATEI&野崎洋一)
07.Summer (作曲:ヴィヴァルディ 編曲:KATEI&野崎洋一)
08.君への想い (作曲:KATEI 編曲:森 広隆)
09.Jupiter (作曲:ホルスト 編曲:KATEI)
10.Crossroads (作詞:Traditional 作曲:Traditional 編曲:森 広隆)
【KATEI インタヴュー】
●日本語が上手ですね? 9歳までしか日本にいなかったでしょ?
日本で生まれて、日本人の学校に通っていました。最初に覚えた言葉が日本語です。家では中国語で話し、祖母が話すのは台湾語だった。その後、オーストラリアに移住して英語を話すようになったけど、「どこから来たの?」と聞かれた時に、僕は「日本人です」と言っちゃうんですよね。そうしたら母に「違う、君は中国人と台湾人のミックスだよ」って訂正され、その時から自分は日本人じゃないんだということを自覚するようになりました。でも最初は、自分は日本人だと思っていて、当時の記憶が残っているので日本語を話すことが出来るんだと思う。その後も、日本のものにずっと興味を持っていたから、キープすることが出来たのでしょうね。
●いろいろなカルチャーが混ざり合った家庭だったのね。
母が台湾出身で、父は中国系なんですが、韓国生まれの中国人なんですよ。なので、叔父さんたちとかは、みんな韓国に住んでいます。遊びに行くと、従姉妹もいる。台湾には母の家族が住んでいる。また、祖母とその7人の兄弟姉妹がオーストラリアに住んでいます。他に台湾にも、中国にも住んでいます。どこに行っても家族がいる感じ。日本にも福岡に親戚がいます。父は韓国語も話せます。
●ヴァイオリンを始めた理由は?
テレビの音楽に合わせて歌ったりしているのを聴いて、親が音楽の才能があるんじゃないかと思ったみたい。それで、音大付属幼稚園の入試に連れて行ってくれた。受かってから手続きするときに、ピアノかヴァイオリンどちらかを選びなさいということになって、すごく悩んだ。家にはアップライトのピアノがあったけど、ピアノは大きいから持ち運ぶのに大変、電車にも乗らないじゃんと思っていて(笑)。幼稚園に行くまでに急な坂があったので、ピアノを運ぶお父さんの姿が浮かんで、大変だとも思った(笑)。幼稚園には東京音大の学生も来ていて、「何やるの?」なんて話しかけてきた。その中の一人のお兄さんが「僕はヴァオイリンをやっているよ」って。そして、君は小さいから小さいサイズのヴァイオリンになるけれど、大きくなったら、この大きさになるよって教えてくれた。その時に初めてヴァイオリンを見て、ヴァイオリンが生き物みたいに成長すると思って、それに決めたんだ(笑)。後日、父と一緒にヴァイオリンを買いに行った。サイズは16分の1だった。それがヴァイオリンとの出会いでした。
●ヴァイオリンのレッスンは?
幼稚園の頃、音大に行って親子6組がまとめて次々にレッスンを受けていた。ひとりの持ち時間は5分だけれど、他の子はいやがったりして、途中でやめちゃうから、最後の僕になると、持ち時間が30分に増えているような状態だった。だから、僕はいつも週1回30分のレッスンを受けるようになった。それが1年続いた。そして、その年の音大の卒業式で幼稚園代表としてヴァイオリンを演奏した。幼稚園から高校卒業まで、毎朝6時に起きてヴァイオリンの練習を1時間やって、それから学校に行っていた。そして帰宅後にまた練習。親が褒めてくれるので、前の晩にどんなに遅くなってもちゃんと6時には起きていた(笑)。コンサートの翌日も6時から練習していたかな。
●練習しないと不安だった?
上達したいという思いと、不安だったのと両方だった。クラシックは譜面があり、コンサートまでにその譜面をどれだけ頭にいれて、どれだけ理解して演奏できるかが勝負なので。それが出来て、そのうえに魂を注ぎこんで、自分の表現でみんなに聴かせるというのが、僕のクラシックの理解方法だった。だから、なるべくいっぱい練習して体で覚えて、コンサートに臨んでいた。オーストラリアでの小学生時代はレッスンが週3回、オーケストラとの練習が週2回あった。当時の僕の先生はロシア人の厳しい先生で、ちゃんと練習してこないと怒られてしまうんだ(笑)。
●当時の将来の夢は、クラシックのヴァイオリニストだった?
最初そうは思っていなかったです。音楽学校で3、4年学んだ頃に、すごく演奏が伸びた。当時その学校で8人くらいがトップクラスに入るんだけれど、そこに僕も選ばれた。最年長が14歳、最年少が8歳くらい。でも僕にとってヴィオリンはあまりに生活の一部で、だから逆に、将来はヴァイオリンで何とかしたいという意識がなかったですね。
それから中学生のときにまたぐんと成長をした。アメリカに短期留学した時に。全国5位になった。母の話によると、その頃はまた違うロシア人の先生についていて先生と母が話すなかで、将来はどうするのか?ということになった。大学は?と。その先生は僕に将来プロになる気がないのなら、教える気はない、プロを目指して欲しい、という話になった。その時から音楽というか、ヴァイオリンのことがもっと好きになり、プロを目指すようになったんです。
●22歳でロック・バンドを?
高校卒業のときに、卒業旅行として台湾の祖母のところに行った。台湾って日本のものが好きで、テレビも日本の番組が多いんですよ。そこで当時の日本の色んな音楽に触れ、宇多田ヒカルさんの『First Love』を買った。若いのに自分で曲を書いて、その曲も良くて、すごいと思った。日本で生まれて海外で育っているところは、自分と似ているかなとも。そんなこともあって、日本の音楽シーンに興味が湧いてきました。
一方で、当時オーストラリアのアジア人の中でバンドを組むことがブームで、僕も弟とギターを買いに行き、他の大学のサークルに入りバンド活動を始め、大学のバンド・コンテストで2位になったりした。もちろん、バンド活動を一生懸命やりながらも、相変わらずヴァイオリンはきちんと練習してたんですよ。
でも、2、3年バンド活動をするなかで限界を感じてきた。これは遊びだなと。これでは食べてはいけない。その頃、音大で組んでいたカルテットのチェリスト (彼は小さい頃からギターを弾いていて、そのギターはガンでなくなったお母さんのものだった)がバンドをやろうと誘ってくれた。編成はドラム、ベース、サックス、ヴァイオリン、アコースティックギター・ヴォーカル。みんな同じ音大生だった。それぞれ十何年も楽器を習っている。優秀だった。そこで初めてヴィオリンでクラシック以外を演奏した。すごく楽しかった!なんで早くこれに気がつかなかったんだろうと。こんなに弾ける楽器があるのに、わざわざヘタなギターをやる必要はないと(笑)。そこからヴァイオリンでジャズとか、ロックを演奏するようになり、インプロヴァイズが好きになったんです。
●楽譜から離れることの難しさは?
日本でヴァイオリンを始めた時は、耳から覚える方法だった。子供の頃から耳で覚えていたからコピーは得意。インプロヴァイズとか、ジャズって耳から覚えて、感じて弾く。でも当初、ある先生にインプロバイズは怖いんだけれど、どの音を弾いたら正しいのかと聞いたことある。先生に「間違いなんてない。君が今それを弾きたいから弾く。表現したいことこそが正しい。」と教えてもらった。それが観客にも伝わるからと。それから怖くなくなりました。
●作曲のインスピレーションは、自分の内から湧いてくるもの?
家でパソコンの前に座って、新曲を書こうと思っても何も出てこないタイプですね。曲のアイディアが出てくるのは、スーパーで買い物をしている時とか、何も考えていないとき。メロディが浮かんできた瞬間に、携帯とかに鼻歌を録音している。そして一緒に、テンポはこれくらいで、という解説も一緒に録音する。ベッドの横にノートとペンを置いていて、夢に出てくると、パッと起きてメモしたりもする。あとは映画を観たり、友達ですね、友達と楽しい時間を過ごしている時、それは頭がリラックしている時だけれど、そういう時にアイディアが浮かんできます。
●客観的に聴いているときに、ストーリーとか、映像とかが浮かぶもの? あなたの音楽にはストーリーが感じられるんだけれど。。。
例えば『Shooting Star』という曲だと、すでに自分の中でイメージが出来上がっていた。湖があって、木があって、夜の風景。それを窓から見ている自分がいて、遠くに流れ星がみえる。それとは反対に東京のビルで、流れ星を見ている自分のイメージも浮かんでいる。いろいろな角度の映像イメージが僕の中に浮かんでいます。
また、『Heartbreak Lounge』も、古い味があるジャズ・バーで流れているようなイメージの曲を作りたいなという思いがあった。ジプシーっぽい楽器とかを入れたら面白いだろうなと。音楽と頭のなかのイメージを近づかせて、書くこともあります。
●ヴァオイリンは歌うように弾くというでしょ?
僕も歌うように演奏しています。僕のなかではインストの音楽を聴いても、聴きながら歌っているんですよ。ドレミでね。それを声にしなくても、僕の中では弾いていても歌っていますね。
●デビュー作を作るにあたって、全体像とかはあったか?
ある程度は曲のイメージをまとめた方がいいのかなとも思ったけれど、さっき言ったような自分の中にある音を全部出してみたい!と思うようになりました。だから、いろいろなジャンルの音楽をまず創っていった。初めてのアルバムだし、みんなに「はじめまして」という挨拶の意味も込めて、自分のいろいろな面を表現して、どんな人が聴いても楽しめるような作品にしたいと。バラードもあり、ロック調の曲もあり、爽やかな曲も、カヴァーも、オリジナルもある。いろいろな人に聴いてもらいたいし、どの国の人にも聴いてもらえるアルバムに仕上がったと思っています。
●いろいろな要素のなかにクラシックが入るのは自然なことだった?
ヴィヴァルディって小さい頃からよく弾いていた。四季のなかでも夏が好き。今回アレンジとして、一番いいところを全部とってロックにした。ロックにアレンジするのが「Summer」はやりやすいんですよ。アレンジしやすい楽曲ですね。フレーズがまとまっている。今回取り上げたもう一曲「Jupiter」も、オーケストラで演奏したことがある。そのメロディが自分のなかにすごく響いたので、いつかどこかでやりたいと思っていた。だから、メロディのよさをキープしつつ、そこに新たなものを挟み込みました。
●スティングの曲から「Englishman in New York」を選んだ理由は?
この曲はすごくキレイな曲でしょ。イングリッシュマン・イン・ニューヨークの物語、母国とアメリカのカルチャーの違いを知り、新しいものを受け入れながら生きていく。それって僕と同じなんですよね。中国と台湾のカルチャーが混ざっていて、オーストラリアで育ち、こうやって日本で生活している。僕は、○○○イン・ジャパンなんですよね。オーストラリア人だけれど、流れている血はアジア人だから。僕の場合は、カテイ・イン・ジャパンかな(笑)。
●アルバム・タイトル『JOURNEY』について
ひとつ簡単な意味は、オーストラリアから日本に来て音楽をやっている。もうひとつは、いままで僕がやってきた音楽の道でここまできて、ここからはまた別の音楽をやっていく。それもひとつのジャーニー。また、日本を拠点にここから次のところに行くかもしれない。いまはひとつのチャプター。次のチャプターはどうなるのか、それも旅だと思っている。だから、ジャーニーというタイトルにしました。
●リスナーにはどんなところを聴いてもらいたいか。
まずは僕のヴァイオリンの音色とか、弾き方とか、他のヴァイオリニストとはちょっと違うかなということを感じてもらいたい。中国、台湾、日本、オーストラリアというキーワードがあって、そういう影響を受けて育って、こういうヴァイオリンを弾いているという僕のことを、みんなに知ってもらいたいんです。
また、ヴァイオリンの魅力、ヴァイオリン=クラシックじゃないということも知ってほしいです。クラシックはひとつのジャンルであって、ヴァオイリンもギターと同じようにいろいろな音楽を演奏できるよって。日本ってヴァイオリンをいろいろな場面で使うでしょ。BGMとか、ポップスやロックにもストリングスが入っていますよね。耳には聴こえているけれど、これがヴァイオリンの音だと気がついていない人が多いと思う。僕のアルバムを聴いて、ヴァイオリンが好きになったり、クラシックに興味を持ってもらえるようになったらいいなと。絶対にかたい感じじゃないし。いろいろなカタチで楽しめると思います。
ヴァイオリンは可能性を秘めた楽器だと思う。基本的にすごく聴きやすい音色だし。この楽器をもっともっと知って欲しいんです。まだまだやれることが沢山あるし、やりがいも感じています。
Interviewer:服部のり子


